FC2ブログ

プロフィール

快速古都(Fe)

Author:快速古都(Fe)
本日はことブログ(本館)へようこそおこしくださいました。
ぜひコメントしていってください。


本館は撮影記専門です。他のコンテンツはこちらからどうぞ。
みやことネット

メールフォームです。
メール


リンクは常に募集中です。
バナーもありますので、宜しければご利用ください。
バナー集


管理人の紹介はこちらから

写真の無断使用・転載はお断りしています。
使用希望の方はコメント欄やメールなどでお知らせください。

このブログには一部トリミング加工したものがあります。
(2012年4月以降のものは基本的に無加工です)


最新記事


最新コメント


リンク


時計w


更新が遅れてすみません。
この日はテストの後JRへ
as.jpg
まずは尼崎へ
as (1)
200カッコいいですねw
as (2)
続く桃は901www
as (3)
移動して構内試運転。
前にも書きましたが、U@techでした
as (4)
このなんともいえない顔。
ライトだけ見えたときは221かと思った←
砺波に、撮影者は古都だけで、試運転時間も長く、のんびりと撮影できました。
しかし、ちょっと時間が長すぎたようで、なんと75レが行ってしまったじゃないか!!!←←⑨⑨⑨
as (5)
仕方ないんで追っかけ。
なんか傾いとるな。。。
そのあと帰宅。


おまけ
吹田でなんか変なもの見かけました。
as (6)
as (7)
なんだろうこの窓まで塗りつぶされた103達。
てか、オレンジはまだ解るとしても白一色て。。。
ちなみに、3日後にはいなくなってました。
誰か事情知ってる人いたら教えてください←

as (8)
最後にコウノトリやって帰りましたw

12月2日撮影記

この日は午後から出撃
すると・・・
han (2)
早速HM発見ww
han (3)
安治川へ移動。
han (4)
折り返し撮りました。
この後は暇だったので、9005Fのシテンがそろそろだと思って阪急へ。
han (5)
そしたら来たw
しかし、傾いた。。。
このあと、後続の普通で追いつけるかと思ったら約20秒の停止後発車。

・・・・・ってはやっ!!

やっぱり慣れてないとこに思いつきで行くのは危険でござる。。。
han (6)
このあと、現地の方(?)の案内をもらってもう1本シテンがあることが判明w
とりあえず長岡天神で9005を追い越し
han (7)
桂にて停車を
han (8)
折り返しを高槻市で
han (9)
・・・・・・・・・・((ry
han_20111211153301.jpg
その後は梅田でバスバルブして帰りました。


おまけ
han (1)
帰りに見た225系12連(L4+L2)
しかし、写真を見てもわからない。。。
今日、大阪市交通局中央線の弁天町~大阪港間が開業してから50年が経ちました。
先日50年を迎えた大阪環状線の後を追うかのように、24系にHMがつけられて、ささやかながらもお祝いされています。
来年は大阪市営の民営化の可能性も迫った節目の年。
『市営』のままに50年を迎えられたのは幸運だったというか、そんな感じがします。
昨日撮影に行った際に、駅の構内放送で『中央線は明日、12月10日で弁天町から大阪港間の開業から50周年を迎えます・・・・・・』と言った放送が入ったときは少し感動しましたw


50.jpg
50 (1)
仲良く一緒に50周年を迎えた2路線、これからも頑張ってほしいです。
一昨日初めて撮影することができたので簡単に紹介文かいときます。


鉄道旅行 2011年12月6日 大阪城北詰→尼崎→千里丘→岸辺→東淀川→京橋 108
在来線技術試験車『U@tech(ゆーてっく)』
2004年に時速130キロ運転が可能な車両の寄せ集めで組成されました。
こうして、下関側2両は国鉄型、東京側先頭はJR型というふざけていような編成の出来上がりです。
余剰車両の再利用という点では非常にJR西らしい編成と言えます。
組成以降吹田工場に所属し、沿線無線に関する研究を重ねています。

2004年組成と書きましたが、組成当初は機会扱い(?)として車籍が与えられず、JR電車編成表にも掲載されない存在でした。
後に2007年3月に実際に車籍が与えられました。

この車両は新技術開発のための車両なので走行機会が非常に少なく、本線で目にする機会は滅多にありませんが、構内試運転はちょこちょこ行われているようです。
(今年3月には湖西線試運転がありました)

以下、各車両の紹介をしていきたいと思います。


鉄道旅行 2011年12月6日 大阪城北詰→尼崎→千里丘→岸辺→東淀川→京橋 098
クモヤ223-9001
種車はクモハ223-9001。
クモハ223-9001は223系2000番台の先行試作車として1998年に川崎重工兵庫工場にて製造されました。
試作車といっても目標だった130キロ運転は1000番台で既に達成しており、改良を加えたところは側面のコルゲートの有無くらいの物なので試験要素はほぼ0に近い車両です。
そのため、223系9000番台はこの1両のみとなります。
では、なぜ作られたのかというと、単に川重での2000番台製造工法の作動確認のためだそうで、製造以来無車籍のまま川重内に放置されてきました。
ただ、無車籍とはいえ223系9000番台という番台区分が与えられたのは川崎重工の意向だと思われます。
もともとは223系2000番台に準じた塗装をまとっていましたが、組成によって現在の青基調の塗装に改められています。
現在では223系唯一のシングルアームパンタ装備車になっています。
ちなみに、現在も所有者は川崎重工業となっています。


鉄道旅行 2011年12月6日 大阪城北詰→尼崎→千里丘→岸辺→東淀川→京橋 099
サヤ213-1
種車は元快速マリンライナー用のサハ213。
編成唯一のコルゲート板ありと異彩を放つ存在となっています。
組成に当たって吹田工場で足回りの変更がなされています。
窓は当然ながらすべてカーテンが閉められており、中の様子を見ることはできません。


鉄道旅行 2011年12月6日 大阪城北詰→尼崎→千里丘→岸辺→東淀川→京橋 114
クヤ212-1
種車は元快速マリンライナー用のクハ212。
編成唯一の鋼鉄車として異彩を(と書いてたら全部異端車ですけど。。。)
組成に当たって吹田工場で足回りの変更がなされています。
元展望車両だけあって、車内からの眺めはいいはずですが、窓はすべてカーテンが閉められており、中の様子を見ることはできません。


以上、編集にあたって『鉄道写真管理局 珍車ギャラリー』を参考にさせていただきました。



今後の更新予定について
12月2日撮影記、6日撮影記の順に更新予定です。

11月30日撮影記

5555.jpg
この日は京阪へ
晴れてるのは嬉しいんですが、あまり日差しがきつくなると・・・・・・
5555 (1)
影が((ry
5555 (2)
と思ったら本番直前に曇ってくれましたw
直前曇りに感謝したのはおそらくこれが初めてw
ちなみに、実は下だけライトついてますw
わからん。。。
5555 (3)
折り返しを撮るために移動。
大和田へ行くつもりが間違えて古川橋で降りたようで
5555 (4)
ケツが。。。
5555 (5)
樟葉急行に6014が入ってました
5555 (6)
最後の原色VVVF車となった7003・・・・ってこれ前にも書いた気が
5555 (7)
この日の7連急行は6001と6002でした。
いやがらせか?←
5555 (8)
混色w
このあと、光善寺で遅れが発生。
折り返しの試運転が来なかったので30分遅れのダイヤだと思い、晴れてきたので森小路に変更しようかと普通に乗ったら

・・・・・・抜かれた。
なんで!?
どうも7分遅れくらいで試運転やったみたいで。。。

仕方ないので折り返しを関目で
5555 (9)
地味にライト点等w
5555 (10)
8030
5555 (11)
で、本番。
なんか左あいたなぁ((
5555 (12)
ピカピカ6007撮って撤収。

««前のページ  | ホーム |